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冬の影がとても重くのしかかるようで。。

2010.02.04 09:12|未分類
先週。お隣に住む、ノンノが亡くなった。このお宅の老婦人は、とても強く心の美しい方で、私も子どももノンナと呼び慕っている。ノンノがずっと病気でいらしたことは、私達も知っていて、たまにちょっとしたお手伝いのため子どもを連れてお邪魔したこともあった。体はもう、とても細くなっていらしたけれど、でも、交わした握手の力はとても強かった。亡くなった朝、外に出て別のご婦人から知らせを聞く。いたたまれない気分で買い物を済ませ、家に帰る。すぐにでもノンナに会いにいきたかったけれど、それは失礼にあたるのかしら、どうかしら、と迷いながらいると、ドアの前には、ご家族が。家の中にいれてもらい、ノンナのそばに座って、一緒に泣いた。こんなに側で、人が亡くなる経験は始めてだ。ノンナが亡くなった時間、わたしは壁を隔てたその向こうで何も知らずいつものように、コーヒーを飲んでいた。人は人生の中で、生まれて来て、必ずいつかはこの世から消えていくもの。なのだな。。天へ上られた魂よ、安らかに。
帰りのバスの中、子ども達にも、ノンノの亡くなった事を告げる。アパートの建物のドアをいつものように開けて入るとき、デイビッドが聞いた事の無いきれいなうたを口ずさむ。私には、なんだか、ノンノへの歌のように聞こえた。

今週末は、日本の大切な友達の赤ちゃんが生まれたといううれしい知らせをうける。光に包まれ、安らかな顔をした赤ちゃんの写真を見て、息をすいこむ。

先日、昨年の家計簿を〆め終えた。大幅な赤字である。私達は、昔の貯金を使って子ども達を学校へ送り、故郷の国へ里帰りをして、小旅行をしていることの事実を改めて認識する。老後への蓄えも何もない。不安が襲う。数日間、私は自分が縮こまって息もあまりしていないような感覚にいた。生活の何かを返る時期なのだろうな。それは、前からも分かっていたけれど、こうやって目の前に金銭的な数字を確認すると、そこからもう逃げられない。お金に捕われたくないと思っているけれど、世の中で生きていく為には必要不可欠である。では、どうすればいいのか、何が自分たちのプライオリティーなのか、とにかく頭の中を自分への質問がぐるぐるまわる。すると、怖くて動けなくなる。
手を動かそう。止まっていても何も始まらないのだから。

日本に住む友人から便りを受け取る。ローマから自分たちの目指す人生を手に入れるために旅立っていった家族だ。真摯に、前向きに生きている人たちの姿を感じて、とても勇気づけられる。きっと、どこへ行っても思う物がすべて手に入る訳じゃない。人は悩みながら生きていくものなのだろう。無い物を嘆くより、今私にあるものに対して喜びを感じ感謝しよう。

昨日も、豆まきをして鬼を払った事だし。大丈夫、わたしはやれる。
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Author:makura
9歳の長男、6歳の長女の子育て中。シュタイナー教育に学びながら自分スタイルの育児・暮らしを模索する毎日。

これは毎日のご飯と子供の遊びを気まぐれに綴る私の日記。後で振り返って楽しめるように。

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